エスパン+ドニー=骨折!?

須田雅美

2010/5/22

今回エスパンに振付けを依頼したルンバ「Oblivion」は、「忘却」と日本では訳されます。この曲はもともとアストル・ピアソラがイタリア映画のために作曲したミロンガ。とても重苦しく、時に激しく、そして静かに消えるように物哀しく終わる…人の持つ複雑な感情を描写しているように聞こえる曲です。 私達はルンバのショーに男性ボーカルを使ったのは過去に2~3曲で、圧倒的に女性ボーカルが多いのです。別に男性ボーカルが嫌いなわけではなく、自分達の踊りのタイプや、身体の大きさなどで女性ボーカルの方がしっくりくるみたい。そういえば今思い出したけど、エスパンの選曲で踊った作品の数々は全て女性ボーカルでした!特に引退をしてからは、発声に特色のある女性ボーカルを使うことが多く、私達はドゥルス・ポンテスがお気に入りですが、今回の Oblivionはウテ・レンパーという歌手が歌っているバージョンです。 2人が離れて踊り出すほとんどの場合、エスパンは明先生の振付けから入ります。その後に私をフィットさせることが多いのですが、2人が組んで踊るところから私を使って振付けます。これエスパンの振付けの1つ目のポイントね。 振付けは、全てを文字で表せるといっても過言ではありません。奇をてらいすぎない程度にベーシックに少しひねりを加え、男女の調和をうま〜く取ってあります。ここ、2つ目のポイントです。 そして、コンペでは禁止になっているリフトを盛り込むことで、「踊ってなんぼ」とギャラを頂戴できるようなプロらしいルンバのショーができ上がります。このリフトが3つ目のポイントです。

ウテ・レンパー

ポイント1・・・
私はよく、振付家に放し飼い状態にされてしまいます。今回もエスパンは、明先生には懇切丁寧に細かいディテールを身体のあちこちに『触りながら』振付けをし、指導をしていました。 私から見たら、ただ身体を使って頭をグル〜っと回すだけのステップなんだけど…?『触りながら』は別にして、この『放置』はエスパンに限ったことではないのです。 だから私は自分の部分を自分で作らなきゃならないことが多く、なんだかワンパターンになりそうで怖い…で、今回は放置されかけた時、私の部分の振付けはあまり重要じゃないのかもしれないけど、たまには聞いてみようと思いたちました。 「エスパン、ココの部分の私の振りは?」と聞くと、「あなたは、雰囲気つかんで表現することに長けてるから、任せるわ」なんだか褒められたような、だまされたようなご返答を賜り「チェッ…たまには私も振付けて欲しいよ…」と寂しい気分になりました。 すぐに「私って認められてるんだぁ!」と開き直りましたけどね。

Nocturne For The Bruce

ポイント2・・・
上げた右足を後方へロンデし、次いで男性のスリーアレマーナの4~6歩を前進で終え、 右足を軸にした左回転をラテンクロスポジションのまま1回転して、 左へ2分の1回転をしながらヒップツイスト、 右足後退から左足に体重を戻し、右足前進して… …と全て書き出すことができます。すっご〜く時間はかかりますけどね。 ダンス愛好家の方々の中には、バリエーションはベーシックと別物と考えていらっしゃる方も多いのですが、それは大間違いです!! バリエーションとは、ベーシックフィガーを発展させたものを組み合わせてつなげたアマルガメーションです。 もちろん、他の種目や他のジャンルから借りてきて組み込むこともありますが、基本的にはその種目を象徴するようなリズムを表現するためのフィガーが、コンペであれば75%以上入っていなければいけません。 そうでないといったいそれが何の種目か分からなくなるので、評価の対象から外れてしまうからです。このことは私達がプロとして人に振付けをする場合、一番気をつけなくてはならないことです。 人目を引く、いわゆる派手な動きだけをつなぎ合わせはいけないし、それだけを練習したってベーシックがヒドイと判断されれば評価は下がるってことを、ダンサーも心に留めておかなくてはいけません。

La Luz Prodigiosa

ポイント3・・・
エスパンは私が元バレリーナだということを踏まえて振付けをするので「それ、絶対にムリです!不可能なんです!」っていうリフトもやりたがります。もちろん私達も「振付家にNOと言わない主義」なので振りを付けている段階ではエスパン・明先生・私の3人ともが探りながらエスパンの頭の中で形になっているちょっと変わったリフトを試すので、明先生の背中から落ちちゃったこともあります。足をギューッと引っ張られすぎてヒザ付近をねんざしたこともあります。 確かに明先生は力持ちだし、私はサルが木登りするかのように高いところに上がっていくことが得意ではあります。今回のちょっと複雑に見えるリフトは、私とエスパンが踊るとヒグマがサケの尻尾を片手でつかんで仁王立ちしているように見えるらしく、明先生が「新巻鮭」と命名しました。その「新巻鮭」で身体をねじった状態から持ち上げられ、上がった後にさらに身体をねじって真っ直ぐにするリフトを振り付けている最中、右の背中の方で「ぽくっ」と音がしました。 この音で「あ、折れたな…」と分かりましたが、こんな時に弱音を吐くとドニー大先生には“Take aspirin!”と怒鳴られます。普通に日本語に訳せば「痛み止めを飲め」ですが、彼の場合「つべこべ言ってないで痛み止めでも飲んでさっさと踊れ(怒)!」と厳しいお言葉に変換されます。 そんな環境で育った私達は「Just do it!」「痛いところまで」「常にマックス」が合言葉。振付家に満足してもらえるように…と頑張っちゃった結果、くしゃみや咳をする時には患部を押さえながらするほどに痛くなってしまいました。(…続く)

そうこちゃんを軽々リフト