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スタッフコラム

もじもじまさみ SOLD-ドニーと過ごしたOAK LODGE-

須田雅美


2009/10/24

暑い夏が終わってヒンヤリした秋風が吹くと、なんだかセンチメンタルでノスタルジ
ックな気持ちになりませんか?



私達はバーンズ邸に13年もお世話になったみたい。おきょうちゃんがしっかりカウント
していてくれました。私達のロンドン留学の歴史は、北條社長が所有していたフラットに
滞在させて頂く事から始まりました。先輩の近藤先生が滞在される時には他のお宅に間借
りもしました。その当時一番苦労したのは、ドニーと連絡を取る事。彼らは偉大な偉大な
世界チャンピオンだったんだから、今思えば当たり前なんだけど、自分達の練習が第一で
レッスンをするのが大嫌いでした。レッスンの予約を取ってあっても、キャンセルになる
確率90パーセント。レッスンはキャンセルしても、必ず夜のセムリーの練習会には出てた
彼らを追うように自分達も休まず出席。そこでストーカーのように彼らのダンスをガン見。
他の選手がどんどん帰ってしまってもシメのルンバまで粘って練習し、ドニーが帰る準備
をしたところを狙って「いつレッスンしてくれるんですか??」と何度も迫ったけど、
「I don’t know…今度電話するよ。」このそっけない返事を何度聞いた事か!携帯電話もメ
ールも無い時代、来る日も来る日も昼間は電話の前で待ち続け、夜は練習会に通い続けま
した。そんな姿が認められたのか、ドニーの方から「アキ、今度レッスンするぞ。」と言
ってくれた日の、涙が出るほどの嬉しさを今でも忘れられません。



こうしてファミリーとして迎え入れられ数年が経った時、ドニーがフラットを経営して日
本人に部屋を貸したいと言い出したのです。最初の妻トーナとの離婚後、しばらく1人で暮
らしていたドニーにも、結婚を前提に一緒に暮らし始めたヴェロニカという秘書兼彼女がで
きたから成しえた事だと思います。まだまだ現役だったドニーからレッスンをゲットするに
は、ピッタリとマークするしかない!と考えた私達は、社長のフラットがあるにも係わらず、
ドニーのフラットに住み込む事にしたのです。私達はライバルだったけど頑張ってる嶺岸組
を誘い、諸先輩方から「ライバルと一緒に住むなんてありえない」と言われる共同生活が始
まりました。ドニーがウィンブルドンに購入したもう一軒のフラットには、最初に石原組が
1年、そのあと柳橋組と宮嶋組が滞在していました。ドニーはフラットに当時は珍しかった専
用の洗濯機と電子レンジを設置し、日本語の衛星放送も見られるようにしてくれて、ヴェロ
ニカがいるおかげで私達は快適に滞在する事ができました。

バーンズ邸の名前はOAK LODGE。本当に古いお家で、母屋の部分は1920年代に立てられた
物でした。だから変な臭いや、夜中にちょっと怖い音なんかもしたけど、リスやキツネが遊
びに来る広くて静かな庭とプールがあるなんて、東京では絶対に味わえない雰囲気を楽しむ
事ができました。この庭では何度か「バーンズナイト」というパーティーを開きました。引
退してからはゴルフの練習もしたし。懐かしいねぇ…。



ヴェロニカとの怒鳴り合いをラウンジの真上のベッドで聞いた日々も、彼女が南アフリカへ
帰国する事で終結。ちょうどその頃がドニー達の節目で、一度目の引退をしたり、カムバック
をしたり、大忙し。プライベートでは、ゲイナーが長く一緒に暮らしていたフリン君と別れ、
傷ついた彼女をドニーは家に呼び寄せたり、変なイタリア人のミルコ(現在の夫)が練習会後
にゲイナーにラブコールをしてきて、ドニーが心配していた事もあったなぁ…。そのうちに私
達の部屋から見える母屋のキッチンで、黒髪の女性がチーズをお皿に盛っている姿を確認され
るようになりました…後に結婚したニコルです。そして2度目の節目が…UKに出場しようと
練習会に出ていたドニーに悲劇が起きました。練習中にオーストリアのダンサーの手が当たり、
鼻を骨折してしまったのです。そしてドニーから哀しい宣言を受けました。「俺とゲイナーは
UKを欠場する。そして、カップル解消する。」ゲイナーは競技を続けたかったのです。そし
てミルコとカップルを組んじゃった。私達Donnie’s babiesは驚くなんてもんじゃなかった…すっ
ごくすっごく寂しくて悲しかったです。

ゲイナーは香港へ行きミルコと結婚、ドニーは念願だったラブラドールのBonzoを飼い始め(も
じもじまさみNo.2参照)、私達は引退をし、ゲイナーがドニーとのカップルを復活、ニコル夫人
はスイスに帰ってしまい…また金髪の女性が来た。アメリカ人のハイディです(もじもじまさみ
No.20参照)。ドニーも50才、落ち着くかと思いきや…積極的なアメリカ女性の押しに負けたのが、
ある意味彼の成長か?そしてこれが転機となったのは間違いないと思います。ボンゾは他人の犬
を傷つけて裁判沙汰となり、それを逃れる為にスイスのニコルの元へと送られてしまいました(も
じもじまさみNo.45参照)。追い討ちをかけるように、市の指定樹木となっている庭の木を許可無
しで切っちゃったのが摘発され、それも裁判になっちゃった。アメリカの方が彼女の為にも自分
の仕事にも都合が良いし、ボンゾも呼び寄せられる…という理由でアメリカ移住を決意。今年の
春には売りに出していたお家が、ようやく売れたようです。





もじもじまさみNo.46と内容が一部重複しちゃったけど、この家での出来事を書き綴ったらきりがないよ…。
ありがとうOAK LODGE。お世話になりました。



想い出がいっぱいです。



バイバイ。今回は鍵を日本に持ち帰らないんだよね。




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